ステートメント

 アグネス吉井のダンスは場所の特性によって振り付けられ、身体ではなく場所が主役となる。

 地面の傾きや道の交わる角度、そこにある物の形状、手触り、動き方などによって振り付けられた2つの身体は、目の前の風景の即物的な面白さを引き立てる。街を歩く際は「フィジカルに街を見る」ことを心がけており、歴史や文脈よりも、人々の営みの結果そこに現れ出た形や特徴をよく観察し、そのままを感じ取ることに重きを置いている。

 アグネス吉井は月に一度、電車やバスに乗り、どこかの街へ出かける。気のむくままに散策し、途中で気になる風景を見つけたら、三脚を立てて短い動画を撮影する。この「もやよし」と呼ばれるフィールド活動は今年で9年目を迎え、各地で撮影された短い動画作品の数は400以上あり、すべてInstagramで見ることができる。

 ユニット結成当初は劇場で上演するためのコンテンポラリーダンス作品を創っていたが、ダンスの興行における「リハーサルと本番で異なる場所であっても同じダンスを踊れるはず」という前提や、観客の集中を惹きつけ続けなければいけない劇場という環境、ダンス作品に求められる時間的な長さやテーマ性などに疑問を感じていた。その中で、稽古の一環として行っていた屋外での短いダンスが徐々に活動の主軸となり、現在に至る。

 人間の身体は、たとえば夏の朝の山頂と、冬の夕方の海辺にいる時では状態が異なるのはもちろんのこと、駅前の駐輪場にいる時と、神社の裏手の公園のブランコのそばにいる時においても違ってくる。そうしたわずかな違いを無視しないでむしろ敏感に感じ取り、環境に影響を受けやすい弱い身体のままで、その時・その場所でしか成立しないようなダンスを踊りたい。「もやよし」は私たちにとって一種の修行でもあり、様々な場所に振り付けられながら踊り続けることで、平らな床のスタジオで稽古しているだけでは訓練されない類の身体的技能を磨こうとしている。

2025年3月